今年の暮れは、とても心地よく、心に染み渡った『文七元結』から
2021年11月8日(月)、国立演芸場で開かれた「真一文字の会 春風亭一之輔勉強会」へ。
二年ほど前までいつも行っていた真一文字の会。それがそのあたりから毎回チケットをとろうとするものの、いつも分殺されるようになってしまったのは、運なのか?
今回チケットがとれたのは、国立演芸場がフルになって座席数が増えたからではないかと思ってますが、どうなんでしょう。
一之輔ファンが詰めかけるこの会。笑いどころが多い噺ばかりではないというのが、ミソ。で、『文七元結』。
一之輔師匠のドライだけどもやさしいという持ち味が生かされたこの『文七元結』は、もちろんこの日の白眉。そして思いました。嗚呼、もう暮れだ。
▼公演情報
◯出演者:春風亭一之輔、春風亭いっ休
◯開催日:11月8日(月)
◯開演:18:30〜
◯料金:全席指定3,900円
◯会場:国立演芸場
▼プログラム内容
〈1〉春風亭いっ休『悋気の独楽』
〈2〉春風亭一之輔『粗忽長屋』
〈3〉春風亭一之輔『文七元結』
春風亭一之輔 『粗忽長屋』
意外なことに、これがレアネタだった
「粗忽長屋」のあらすじと感想
浅草の観音様、雷門のところで黒山の人だかり。男の行き倒れだという。
八五郎が菰をめくってみると、それは兄弟分の熊だった。そこで八五郎は世話役に、わけのわからないことをいう。なんと長屋へ戻って熊を連れてきて、この死体が本人だと確認させると言う。
思い込みの激しい粗忽者(おっちょこちょい)の八五郎は熊を訪ね死体の確認の件を話す。普通はそこでなにいってやんだいと言うもんなのだが、熊も粗忽者。なにも考えずに人の話を信じてしまう。
それに熊は昨夜、浅草で飲み過ぎて記憶が怪しい。八五郎の説得に応じて、二人で観音様に行き、呆れる世話役を横目に行き倒れの死体を検分する。。
▶『粗忽長屋』のあらすじ、詳しくはこちらをご覧ください。
いきなり現れる第三者の応援に大爆笑!そのやり取りを紹介!
行き倒れを見て、熊の野郎だと言い張る八五郎が、そんなわけあるかと言う世話役に噛み付く。
「アカの他人が勝手なこと言うんじゃないよ。当人が見たほうがいいよ。違うかどうか当人が見てはっきりさせなきゃ。ダメだよあんた」
ここで八五郎、後ろを振り返って、このやりとりを見守る見物人に声をかける。
「ねえ、みなさん、そうですよね」
見物人から声がかかる。
「そうだと思う」
「世話役、おかしいぞお前」
立川志の輔『みどりの窓口』で、窓口の係員とやりとりをする居酒屋の主人に、列の後ろから応援する声が上がる。「売ってやったらどうなんだ」。このシーンを彷彿とさせます。。
▶『みどりの窓口』のあらすじ、詳しくはこちらをご覧ください。
八五郎が熊を連れて再び浅草に行ったところで、またしても。
八五郎、熊に対して「(この行き倒れは)お前だよ」
次いで、見物人に対して「みなさん、そうですよね」
見物人「お前だあ!」
熊「おれだあ!」
もうバカばっかw
一之輔さんの粗忽長屋は意外と珍しい⁉
一之輔師匠で「粗忽」といえば、なんといっても『粗忽の釘』。この夜『粗忽長屋』を聴いてまず思ったのは、なんと、一之輔師匠の『粗忽長屋』はこれまで聴いたことがなかったかもしれないということ。レアですww
次の『文七元結』のマクラ。
「鎌倉の落語会で『粗忽長屋』をリクエストされたのだけど、担当者が後でけげんな顔をしていたので、たぶんあれは『粗忽の釘』の間違いではなかったかと。
「粗忽長屋、できなくはないので演りましたけどね」。
やっぱりレアネタだった!
『粗忽長屋』は落語会や寄席でとても頻繁にかかる噺であり、サゲがまたあまりに完成度が高いので、それが一之輔師匠がこの噺を遠ざけている理由ではないかと思います。
この夜の『粗忽長屋』では「死んだじいさんが、死んだって半日くらいは気づかないって言ってた」と八五郎が熊を説得し、二人が出かけるときには、そのじいさんが二人に挨拶をするという、オリジナル演出も披露。
『粗忽長屋』でさえ、一之輔師匠にとってはまだ開発途中であることに、うれしい驚きです。
春風亭一之輔 『文七元結』
ドライで淡々とした、それでいてやさしい人間たちの、一之輔流『文七元結』
「文七元結」のあらすじと感想
だるま横丁の左官の長兵衛。ウデのいい職人だが、博打にハマって借金を抱えている。冬の夜道、今日も博打に負けて、着物をとられてしまってはんてん一枚で貧乏長屋へ帰ってきた。
娘のお久がいない、どこを探してもいないと女房。そこへ、吉原の大店、佐野槌から使いがやってきた。お久はそこにいると言う。長兵衛は着物がないので女房の着物を着て、佐野槌へ。逆に女房は、長兵衛のはんてん一枚。
佐野槌で長兵衛は、女将から話を聞かされる。お久は自分を売って金をつくろうとしたのだ。長兵衛の博打の借金を返し、また長兵衛が仕事に精を出すようにしたかった。
お久の真情に心を動かされた女将は、長兵衛に説教した上でを貸す。長兵衛が来年の大晦日までに五十両返さないと、お久は店に出されて、客をとる。
五十両を懐に抱えたその帰り道、長兵衛は吾妻橋で身投げしようとする若者、お店の奉公人、文七に出会う。
文七は売掛を回収した五十両をすられてしまい、絶望のあまり大川へ身を投げようとしていた。文七は身寄りがなく、五十両を貸してくれる人などいないと言う。
文七は死のうとするこの若者を助けたいが、さりとて五十両を渡してしまえば、お久を返してもらうことが難しくなると悩むが、死を前にした男を救おうとハラを決め、文七に五十両を渡してしまう。
長兵衛は、この金は娘が吉原に行って必死の思いでこしらえたものであるということは、文七に話したが、自分のことは名乗らなかった。
鼈甲問屋・近江屋卯兵衛と番頭が店で待ちわびている。文七が帰ってきて、回収した五十両を差し出す。驚く卯兵衛と番頭。
五十両は、相手先の屋敷で碁に誘われ、それに夢中になった文七が碁盤の下に忘れてしまったのを、相手先の使いが届けてくれていたのだ。文七の打ち明け話を聴いてさらに驚く卯兵衛。
五十両を出してくれた吉原の大店は佐野槌に違いないと目星を付けた。翌朝早く、番頭は早速、佐野槌へ。卯兵衛は文七を連れて長兵衛の長屋を訪れた。
卯兵衛は長兵衛に五十両を返そうとする。いったん人にやったものは受け取れないと渋る長兵衛に、なんとしてもとあたまを下げ、受け取ってもらう。
さらに角樽と酒二升の切手を礼として差し出す。そして、肴としてお気に召していただければ、と言いながら外に声をかけると、そこに美しく着飾ったお久が姿を現した。
卯兵衛は佐野槌からお久を身請けしたのだ。はんてん一枚の女房も衝立の後ろから飛び出してきて、抱き合って喜ぶ親子三人。。
「自分のことではなく、人のことを第一番に考えるんだ。これが一番大切なんだ」というテーマにやさしく貫かれた一之輔師匠の『文七元結』。
長兵衛のことは、亡くなった佐野槌の主人がずいぶん可愛がっていた。五十両は、主人の形見の着物からつくられた財布に入れて、女将から長兵衛に渡された。
「(約束を破るようなことをして、死んだ)うちの人を悲しませないで」と激することなく淡々と語る女将。自分自身ではなく、長兵衛そして亡くなった主人を思っての言葉です。
文七が身投げしようとしたことを聞かされた近江屋卯兵衛が文七に言うセリフ。
「お前が死んでも、誰も喜ばないよ」とこれも淡々とした物言い。まず、人のことを考えるんだよ、とやさしく諭してくれているかのようです。
「おれは酷えことしから、バチが当たったんだな」と自分を慰め
「金がないくらいで、死んじゃダメだよ」と文七を慰め
「死ぬと言われたら、どうあっても止めざるを得ない」とやっとの思いで五十両を出した長兵衛。
その長兵衛は長屋に姿を現した文七に「生きてた!ばか野郎、よかったよお」と喜びを爆発させます。この瞬間、五十両のことなどではなく、文七が生きていたことが長兵衛にはうれしい。
卯兵衛「お願いがあります」
長兵衛「壁の塗り替えですか?」
卯兵衛「文七の親代わりになってやってください」
長兵衛「親代わり? (文七に向かって)こんなんじゃイヤだろう? うん、じゃねえよ」
とギャグも織り交ぜつつではあるものの、基本は一之輔師匠らしい、湿度が低い、ドライで淡々とした、それでいてやさしい人間たちの『文七元結』。とても心地よく、心に染み渡った。
そうそう、卯兵衛も番頭も、吉原の事情に疎く、ここで卯兵衛は「えいじろう」を呼びます。えいじろうは「さ」と言われ、すぐ「佐野槌」と答えるのですが、これに即応できるということは、店の奉公人ではないでしょう。
卯兵衛は「お前、初めて役に立ったな」と口にします。真面目一途の卯兵衛にまさかの遊び人の息子? これまでに聴いた『文七元結』では、卯兵衛か番頭が「佐野槌」とあたりを付けていたので、ナゾの人物の登場ではありました。
まとめ
レアな『粗忽長屋』、トリネタの『文七元結』と終わってみればいつも納得の三席。
しかも『文七元結』とくれば、もう年の暮れを感じないわけにはいきません。今年の暮れは一之輔師匠によってもたらされたww
それにしても『文七元結』です。ドライだけどもやさしい、という一之輔師匠の持ち味が生かされた『文七元結』は、ぜひ多くの人に聴いてほしい。人情噺だからって、ウェットな涙なしでもいいんだぜ。
●国立演芸場:URL
最寄り駅:半蔵門線半蔵門駅1番出口から徒歩約8分。有楽町線/半蔵門線/南北線の永田町駅4番出口から 徒歩約5分
住所:東京都千代田区隼町4-1
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