芸歴20年目にしてやっと真打になった苦労人「立川生志」さん!
平均12年ほどで真打昇進するなかで、それだけ時間がかかったということは大した落語家ではないんじゃないかと思うかもしれないが、その逆!
とにかく若手の頃からあらゆる落語の賞という賞を受賞しまくる「賞ハンター」
師匠の立川談志がなかなか真打昇進を認めなてくれなかったから、遅くなったパターン。
その理由を立川談志はこういってます。
「あいつはどんどんよくなってるから、逆に真打昇進を認めなければもっと良くなる」
さらに弟弟子の立川談慶を先に真打昇進させた際は、談志からこんな電話があった。
「先に談慶を真打にしたがアレは違うから。おまえわかってるな?」と。
おそらく、真打に先にしたけどお前とは真打にするための基準、ハードルが違う。あいつはこれぐらいのハードルしか越えられないけど、お前ならもっと高いハードルを越えれるからあえて高い基準を設けた。みたいな。
そして20年目にして真打昇進。これは談志さんが本当の意味で運も言わさぬ、一人前の落語家として認めたという証ではないでしょうか。
ということでそんな立川生志さんの経歴・評価・私の実際に聴いた演目などをご紹介します。
\今なら30日間無料でお申し込みOK/
... 落語動画見放題&聴き放題!...
Amazon Prime加入で
桂宮治、柳亭小痴楽、神田伯山、柳亭小痴楽、
瀧川鯉昇、桂宮治、古今亭菊之丞、
三遊亭白鳥、柳家喬太郎、三遊亭圓生
が見放題&聴き放題
▶詳しい解説はこちら◀
●落語・映画・TV番組・アニメ見放題!
●音楽&落語など200万曲聴き放題!
●ダウンロード&オフライン再生OK
プロフィールと経歴
▼落語家になるまで&なった後
- 福岡大学卒業後にINAXの営業マンとなる。しかし、子どもの頃からの夢を叶えるため2年で退社。
- 1988年に国立演芸場の談志一人会にいき、客が退席するのを見送る談志に野菜ジュースと履歴書をもって弟子入り志願。その後、談志の家で面接を受けて入門を認められる。
- 1988年7月に七代目立川談志に入門。前座名は「笑志」
- 1992年に二ツ目になるための立川流昇進試験をうけるが、歌舞音曲ができていないということで昇進ができなかった。
- 1995・96・99・01年にっかん飛切落語会若手落語家奨励賞
- 1997年2月二ツ目昇進。
- 2002年NHK新人演芸大賞審査員特別賞&にっかん飛切落語会優秀賞受賞
- 2008年彩の国落語大賞受賞
- 2008年4月真打昇進。「生志」に改名。
- 2009年春に後腹膜腫瘍で入院。同年8月復帰
▼立川生志のエピソード
- 入門時はバブル真っ只中で、前座でも意外とイベント毎の仕事があった。
- 立川流では弟子は師匠に上納金を払うのだが、制度が変わるので払わなくていいといわれたにもかかわらず、払わなかったら逆に滞納したとして3倍にして払わされた。
- 二ツ目になかなかなれなかったが山藤章二さんの助言でなんとかなれた。ただその時、談志から歌と踊りができないならそれができるまで50万円を預けるといわれ、預けたが結局かえってこなかった。
- 2004年に談志から真打昇進の合格をもらおうと、紀伊國屋サザンシアターで「真打挑戦公開LIVE」を開催。しかしそれを見てた談志からいつまでも合格を得られず、ついに満員の客前でギブアップ宣言をする屈辱を味わう。その時の様子を『ひとりブタ: 談志と生きた二十五年』にかいた。
- 談志の死は火葬が終わってから伝えられた。それが心のこり。
立川生志の魅力とオススメ演目
2021年9月29日(水)、日本橋劇場で開かれた「桃月庵白酒・立川生志二人会」へ行ってきました。
白酒さん、生志さんともに好きなので、この「生酒の会」には毎回行ってます。笑どころの表現が異なるお二人なので、二人会としてとてもしっくりくるのですよ。
『茶の湯』のあらすじと感想
店を息子に譲り、小僧の定吉と閑静な根岸に住むご隠居。暇を持て余し、茶の湯を始めようということになった。
隠居宅には茶室、茶道具がすでにある。といってもご隠居、定吉ともに、茶の湯の作法は知らない。
茶が青いのは青黄粉、かき混ぜると泡立つのは椋の皮だろうと早速買ってきて、なんとなくのイメージで茶をたててみる。泡ブクブクのお茶は飲めたものではない不味さだが、二人とも我慢して飲む。
これを何日か続けたところ、二人とも下痢が治まらなくなった。昨夜ご隠居はトイレへ三十六回行った。定吉は一回、だがずっと入りっぱなしだった。二人とももう半病人状態。
自分たちで茶を飲むのはもうイヤなので、ご隠居が借家として貸し出している家に住む、豆腐屋、仕事師の棟梁、手習いの師匠を茶の湯に誘う。
三人とも作法を知らないが、仕方なく行ってなんとかお茶を飲んだ。やはり不味かったが、菓子はしっかりした店から用意したものだったので美味かった。
この菓子の美味さが近所で評判になり、隠居宅の茶室を訪れる人が増えたが、菓子屋への支払いも膨らんでしまったので、ご隠居は菓子を自分でつくることにした。
さつまいも芋をふかしてつぶし、黒蜜を加えて練る。菓子のカタチに成形するために杯で型抜きしたいが、杯にべったりくっついてうまく抜けない。
ふと見ると、行灯の灯油があったので、これを杯に塗ったところ、滑りが良くなり、どんどん型抜きできた。これで菓子が完成。
お茶が不味ければ菓子も不味い。近頃は茶室を訪れる客もめっきり減っていたところに、久しぶりの客。
ご隠居に対して口には出せないが、やはり不味い。客は、欲張って着物のたもとに入れた菓子を厠の窓から外の畑に放る。それが百姓の横顔にドンと当たる。
百姓がつぶやく「また、茶の湯か」
これみよがしじゃなく、話の腰を折らないように、クールにさりげなくくすぐりを入れてくる。これが、生志さんの面白さ。
隠居がひしゃくに煮えた湯をすくって定吉に言う。
隠居「さあ、手を出しなさい」
定吉「え?」
隠居「冗談だよ。お前のおびえる顔を見たいだけだよ」
定吉「お茶をかきまぜる道具はなんと言うんですか?」
隠居「お茶かきまぜーる」
定吉「小林製薬ですね(小林製薬の商品名はダジャレばかりなので)」
隠居「(お茶の泡が)立たないな」
定吉「蔵前の若だんなはすぐ立ちますよ。(ご隠居は)歳ですかね」
こんな具合で近所の茶の湯汚染が進行してしまうのですww
風流だなあ〜
『反対俥(はんたいぐるま)』のあらすじと感想
上野から汽車に乗りたいので、そこまでは俥(人力車)で行こうという男。
最初に乗った俥の俥屋は、カラダが弱くてちっとも前に進まない。このままだと汽車の時間に間に合わないので、乗り換えた。
今度の俥は早かった。掛け声も勇ましく、ドカンを飛び越え、動物愛護でアリも飛び越え、血だらけの婆さんを無視して飛び越え、ビュンビュン進む。
「着きました」
「どこに着いた?」
「津軽に着いた」
「おれは上野の駅って言ったじゃねえか」
ビュンビュン戻る。上野駅に着いて、汽車にも間に合った。
俥屋「お客さん、汽車でどこまで?」
客「津軽まで」
突っ走る俥が、途中で汽車にぶつかりそうになる。
ここで死んじゃったら「あの世でもってバンダナじいさんから、ずいぶん早えじゃねえか。(お前は)またカバン持ちからだなって言われちゃう。おれはまだ自由を楽しみたいんだ」と落語ファンならみんなわかる立川流ギャグww
津軽まで行った俥があっという間に上野駅に着いた。
「落語って便利だなあ」と生志さん。ホントですよ。
立川生志のスケジュール
立川生志さんのスケジュールを簡単に確認できるのがチケットぴあ。ちなみに立川流なので寄席には出演していません。
ま、確実にチケットがあるなということはわかります。全部のスケジュールを知りたい方は立川生志さんは充実したHPをもっているのでそこをみれば基本的にはわかります。
\30日間無料!/
無料落語音源聴き放題!
... Amazon Music Unlimited ...
春風亭一之輔、柳家喬太郎、桃月庵白酒、
入船亭扇辰、三遊亭兼好、三遊亭圓生など
大量の落語が聞ける。
▶詳しい解説はこちら◀
●9,000万曲が聴き放題!
●ダウンロード&オフライン再生OK
●PC・スマホ・タブレットOK
コメント