いくつかは使えます、実際に!
古典落語に出てくる名セリフ。トボけたセリフから含蓄に富んだ言葉までいろいろありますが、印象に残るセリフには、とても味わいがあります。
江戸時代につくられたフレーズが、いまの私たちにもちゃんと響くというのも、なんだかうれしい。いくつかは使えます、実際に!
というわけで、古典落語の名セリフを厳選ピックアップ。何回かのシリーズでご紹介する予定です。
まずは、いつの世も永遠のテーマ「男と女」編から。
芝浜「よそう、また夢になるといけねえ」
3年経ち、夫婦の愛、さらに深化
●演目:「芝浜」
●セリフ:勝五郎→女房
3年前に勝五郎が芝の浜で、大金の入った財布を拾ったのは本当の事だった。女房が懸命に取り繕って、勝五郎はそれを夢だと思い込まされた。
結果、勝五郎は酒を断って懸命に働き、表通りに自分の店も出せた。そして片付けもすっかり済んだ大晦日の夜、女房から真実を聞かされたのだ。
瞬間、勝五郎は激怒したものの、女房の勝五郎を思う気持ちを理解するに及び、もはや心のなかには感謝の気持ちしかなかった。女房から3年ぶりの酒を勧められる。
盃を口のところへ持ってきたその手が止まった。そしてあまりに有名なこのセリフ。
よそう、また夢になるといけねえ
勝五郎、根は真面目な人なんだと思います。商売は厳しいけど、これからも頑張らなくちゃ。だから酒を飲んで、うやむやに誤魔化しちゃうことはできなかった。観客は、女房の亭主を思う心情と、勝五郎のこの真面目な頑張りにも感動させられ、涙、なみだ、またナミダ。。。
三年目「三年の間、髪が伸びるのを待ってました」
3年経ち、妻の幽霊がやっと現れた
●演目:三年目
●セリフ:妻の幽霊→夫
愛しあっている夫婦。ところが妻が病弱で、死期が近い。
「お前が死んだら、俺は独身で通す」という夫に、妻は「親戚や近所に早く再婚しろと言われるに決まってる」と返す。
夫は「それなら祝言の夜、幽霊になって出てきてくれ。そうしたら、新しい妻は逃げ出すだろう」「あそこには先妻の幽霊が取り憑いていると評判になれば、もはや嫁は来ないだろう」と言う。これに安心したのが、やがて妻はあの世へ。
周囲に説得され、やはり再婚という運びになった。果たして、その祝言の夜、先妻の幽霊は現れなかった。夫は心待ちにしていたが、翌日も翌々日も現れなかった。やがて夫は新しい妻を愛し、子を儲けた。そして3年経ち、髪を振り乱した先妻の幽霊がやっと現れた。
先妻は恨み言を口にするが、夫は「それならば、なぜもっと早く出てこなかったのか」。「棺桶に入るときに、仏にされるために頭を剃られた」と妻。だから「三年の間、髪が伸びるのを待ってました」
一日千秋の思いを重ねたに違いない、女の事情ゆえの3年。元のきれいな姿でなければ夫の前に出てこられない、というなんともいじらしい女心じゃないですか。
その思いの丈、すべてぶちまけちゃってください。
三年の間、髪が伸びるのを待ってました。
鮑のし「ちゃんと一円もらってこないと、飯を食わせずに干し殺すよ」
おかみさんがしっかり者ならば、夫婦はやっていける
●演目:鮑のし
●セリフ:お光→甚兵衛
お人好しだが金のない甚兵衛さん。「あたしからだって言えば、貸してくれるから」と女房のお光に命ぜられ、向かいの家から五十銭借りてくる。
お光は次に魚屋へ行けと言う。甚兵衛は腹が空いているので、魚屋じゃなく米屋で米を買おうと反対するが、お光には算段がある。
家主の家で婚礼があるので、五十銭で尾頭付きのお祝いを持っていけば、お返しに一円はもらえるだろうから、五十銭を向かいに返し、あと五十銭で米を買えると言う。利ざやで米を買おうというわけですね。
実にクレバーなおかみさんです。で、甚兵衛に口上を教えた上でこのセリフで脅し、家主の家に向かわせるのです。
三年ちゃんと一円もらってこないと、飯を食わせずに干し殺すよ。
教えられたことがうまくできないのは落語の常套パターン。この後、ドタバタになるのですが、しっかり者のおかみさんがいれば、亭主が多少頼りなくても大丈夫だというのは、昔から変わらない夫婦の真実なのかも。
厩火事「あたりめえだ!お前に怪我されてみねえ、明日から遊んでいて酒が飲めねえや」
おかみさんが亭主に惚れ抜いていれば、夫婦はやっていける
●演目:厩火事
●セリフ:亭主→お崎
お崎は髪結いで生計を立て、仕事もしない亭主はまさに文字通りの「髪結いの亭主」。けんかをしても亭主が謝ってくるのでいつも元の鞘に収まってしまう。というのはお崎は亭主のことが大好きだから。仲人に相談したところ「あんな遊び人とは別れてしまえ」と言われ「そんなに悪く言うことないじゃない!」と返す始末。
亭主がお崎のことを本当のところどう思っているかは、お崎にはわからない。そこで仲人から進められたことをやってみようと決心する。お崎が亭主の大切な瀬戸物を割ったとする。亭主が心配するのは、瀬戸物か、お崎か?
家に帰って早速実行した。
「おい、怪我はねえか?」とお崎を心配する言葉が先に出た。お崎はうれしくて「お前さん、そんなにあたしの体が大事かい?」と亭主に問う。そして返ってきた言葉がこの言葉。
あたりめえだ、お前に怪我されてみねえな、あしたから遊んでいて酒が飲めねえや
思わず出た亭主の本音か、もしかして亭主の照れかもしれないですよね。いずれにしてもお崎は亭主に惚れ抜いているので、こんな感じの夫婦関係がずっと続いていくのはどうやら間違いなし!
ちなみに、彼や亭主のみならず、彼女や奥様の気持ちがどうもあやしい、と思っているアナタ、思い切って大切なものを壊してみるのはいかが?
お見立て「末にはひぃいふぅ(夫婦)になる身だから」
吉原の花魁の喜瀬川は、田舎者がダイッ嫌い
●演目:お見立て
●セリフ:杢兵衛大尽→若い衆の喜助
杢兵衛大尽は豪農。野田あるいは流山、いずれにしても千葉のほうから、吉原に足を運んでくれるありがたいお客様。ところが、花魁の喜瀬川はもう飽きてる。杢兵衛の田舎者丸出しのところなんか、もうダイッ嫌い。
「夫婦(ふうふ)」がその昔千葉では「夫婦(ひぃいふぅ)」だったのか、落語らしいアヤシさで本当のところはわからないのですが、杢兵衛のかわいそう過ぎる思い込みがこの訛りっぷりで口に出されると、やっぱり可笑しい。
転宅「お前さんのものはわたしのもの、わたしのものはわたしのもの」
いい女が男を虜にするキラキラ・キラーフレーズ
●演目:転宅
●セリフ:お菊→どろぼう
泥棒が押しいった先は大店の主人の愛人の家。その妾(愛人)、お菊はもちろんルックス抜群のいい女。さらに度胸も満点。泥棒にひるみもせず「妾暮らしにも飽きたから、わたしと逃げておくれ」と泥棒が思いもよらないことを申し出る。
落語に出てくる泥棒なので、もちろん、おっちょこちょい。すっかり真に受けてしまった。明日また出直すことしたが、お菊は泥棒に約束の証として、どうせ今晩は必要ないはずだから、紙入れ(財布)を置いていけと言う。
その時にお菊が口にするのがこの言葉
お前さんのものはわたしのもの、わたしのものはわたしのもの
これ、なかなかゴーマンですよね。「わたしは贅沢で傲慢ないい女よ」というのがアリアリ。言われた男はどうか。「贅沢で傲慢ないい女をモノにできるおれはいい男」と自尊心をくすぐられ、意外なほど悪い気はしない。
結果、どろぼうはまんまと騙されます。お菊は実は義太夫の師匠。どうりで語りがうまいわけだ、というサゲ。
いい女を自認する貴女には、ぜひ使ってみていただきたい言葉です。
あくび指南「商売(しょうべえ)は大工(でえく)です。うち、建ててます」
男が女を虜にする(かもしれない)キラキラ・キラーフレーズ
●演目:「あくび指南」
●セリフ:男→指南所の女
男が友達と連れ立って、あくび指南所へやってきた。男はどうも惚れっぽい。相手がなにかを指南(指導)してくれる師匠ともなれば、なおさら。男は以前ここを通りかかった際、あくび指南所の前を掃除している女に挨拶された。
それはそれはいい女だった。当然、通わないわけにはいかない。わざわざあくびなんかを指南してもらわなくても、という友達のことはもはや目に入らない様子で、男は女に自己紹介。
さあここからは、ちょっと気取った、ちょっとはにかんだ、(高倉)健さんのつもりでゆっくり口に出してみてください。目はちょっぴり伏し目がちでいきましょう。
商売(しょうべえ)は、大工(でえく)です。うち、建ててます
これ、実は春風亭一之輔師匠オリジナルのくすぐりです。グッときますよねえ。傑作です。しかも実際、使えます。
「商売は、消防士です。火、消してます」 カッケー!!!
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